宝塚駅の求人・正社員体験談|学習教材の訪問営業の思い出

私は田舎に住んでいた為、社会人になり、一年ほどは実家暮らしをしていたのですが、それから一人暮らしをするようになり、宝塚市で働くことが決まりました。宝塚駅からも近かったので、とても便利でしたが、田舎暮らし丸出しの私には何もかもが都会に見えました。電車も1時間に一本しか通っていない場所に住んでいたので、電車よりも車が必要でしたので、市内にも車をもって行きました。駐車場の料金には驚きました。

 

一人暮らしをするにあたって、生活もしていかなければならないので、まずは求人で仕事を探し、面接を行い、学習教材の訪問営業の仕事に正社員として働くことになりました。求人でお給料が良かったので、仕事内容もあまり知らないまま応募したのですが、面接でいろいろと伺い、初めての体験でしたが、訪問営業という仕事をスタートしました。最初はベテランの先輩としばらく同行しました。

 

先輩も当時の私よりも、何歳か上の先輩で、仕事もテキパキされており、とにかくパワフルでした。体育会系というのでしょうか。とても元気で勢いがあり、社内の雰囲気も、朝から大声で気合を入れるようなイメージでした。

先輩と同行するときは、必ず二人で同行していたのですが、県外に行くことがほとんどでしたので、現地に着くまでの車の中で話すことが少し苦手でした。

 

訪問営業の仕事は、訪問をしない日は、事務作業を行っており、訪問する家のリストアップや、地図などを調べ、訪問したときに迷わないようにしっかりと地図を調べておかないといけないのですが、今から数十年ほど前の事ですので、当時は今のようにスマホもなく、車にはナビもついてなかったので、とにかく道に迷うことが多々ありました。

 

訪問営業で、私が担当していたのは、大学進学の為の高校生向けのテスト材料の営業でした。テストを行って頂き、その結果により、必要なテキスト材料を営業するというものでした。私は高校生のいらっしゃるお宅に訪問し、テストを行っていただける契約が取れたら、その結果を持って、テキスト材料の営業に先輩たちが伺うという仕事でした。その為、私が契約をとれないと、次の営業ができない為、とてもプレッシャーに感じておりました。

 

営業で外回りの日は、夜は会社に寄らず、先輩たちと宝塚市内のファミレスで食事をしていたのですが、なかなか契約をとれない私は、その食事がとても苦痛になった時もありました。先輩たちは、そんな私をいつも励ましてくれて、応援してくれました。

宝塚市出身の先輩は少なく、ほとんどが県外出身の先輩でしたので、あまり宝塚市出身の方と仕事をしていなく、関西弁には遠かったですが、仕事を離れ、スーパーで買い物をしているときなどには、よくテレビで見ていた関西弁のおばちゃんと接することができました。

 

仕事で夜が遅かった為、朝も10時出勤でしたので、仕事が遅い時は22時頃までは仕事をしておりました。訪問できるのは18時から19時前後でしたので、最終訪問が19時でもそれから宝塚市内に帰宅するまでに2時間かかる場所なども頻繁にありました。それから事務処理を行い、帰宅するという感じでした。

 

契約が取れない日が続くと、自分自身悔しいですし、お給料も最初の研修中は保証されておりましたが、研修が終わると、成績に応じてのお給料になるので、数万お給料が下がりました。とてもがっかりしたのと、この先この仕事で生活していけるのかなと思いました。仕事は、とても楽しかったのですが、移動に時間がかかる為、運転しながら昼食のパンを食べることも多々ありました。とてもじゃありませんが、職場の近くの宝塚駅周辺でゆっくりランチなどができる余裕すらありませんでした。ベテランの先輩たちは、事務作業の日は、宝塚駅周辺のお店でランチをよくしていましたが、私はだいたいスーパーで買ったパンや手作りランチを持参しておりました。

 

いつも先輩には、仕事が早く終われば、宝塚駅の近くのおいしいお店でごはんしようと言われていたのですが、いつも仕事が終わるのが私は遅く、結局行けないままになってしまいました。宝塚駅の周辺も、結局詳しくなく、いつも誰かと一緒にいないと、たまに迷ってしまってました。

 

正社員でせっかく働けることになったので、もう少し頑張ろうと思っていたのですが、だんだんと自信がなくなり、限界を感じてしまい、退職してしまったのですが、とても良い経験ができたと思っています。訪問営業の仕事も楽しかったですが、あの時、もう少し先輩たちに心を開けていたらよかったなと後悔しています。当時20歳だったので、まだ子供な部分が私にはあったなと反省しております。もっと先輩たちを素直に信用できていたらよかったと思っています。

 

あれから、6年ほど前に久しぶりに宝塚市に用事があったので、当時の会社はあるのかなと思っていたのですが、看板もなくなっており、移転したのかなと思いますが、当時の事を思い出され、とても懐かしい気持ちになりました。

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